合資会社 内山農機具店
良い関係が良いサービス

静岡県引佐郡細江町三和172-1

昭和の初期に創業
 静岡県引佐郡細江町は静岡県の西部、浜名湖に面し、浜松市とみかんで有名な三ケ日町の間に位置し、農業と工業を中心に発展してきた町である。
 当社は東海道本線の浜松駅と豊橋駅の間にある新所原駅から天竜浜名湖鉄道に乗り換えて約五十分、金指駅の東側徒歩約三分、国道三六二号線に面した所にある。

 創業は昭和のひとけた。祖父の民五郎氏が種屋という屋号で鋤、鍬、カイコのタネ(幼虫)を商っていた。
 二代目のご尊父亮市氏が昭和三十二年に合資会社に組織変更をした。
 現社長の内山三郎氏は三代目である。
 社長は昭和十二年生まれで、学校卒業後に当社に入社する前に、同県磐田市の有限会社永井機械に勤めて農業機械についての知識を吸収し、ユーザーである農家との関係作りを学んだ。  その後、農業機械の発達とともに事業を拡大し、昭和六十二年に当社の代表に就任した。  この他に、静岡県商協の理事としても活躍されており、業界の発展にも尽力されている。  さらに、ご子息の良彦氏(三十八歳)が四代目を引き継ぐべく当社に勤務しており、後継者についても恵まれた企業である。

 テリトリーは静岡県西部、浜名湖の周辺、引佐郡の細江町、引佐町、三ケ日町及び浜松市等となっている。
 顧客数は約千二百戸、大きい所は三十アール、一番多いのは十アールの規模の農家である。
 顧客の約半分は果樹中心の農家で、みかん、柿が主な作物である。当社の顧客の果樹農家の多くは専業農家である。
 米中心の農家は約二割、残りの約三割の農家は野菜、花き等を栽培している。周辺はホンダ、ヤマハ、スズキといった大メーカーの工場と関連企業が集まっており、そこに勤務しながら農業をするというのがこの周辺の農家に多いスタイルである。


クボタをメインに
 次に当社の概要について触れてみよう。
 敷地は約二百三十坪。当社は平成八年に建物を全て新築しており、その後の手入れの良さもあり清潔で良好な状態が保たれている。
 二十五坪の整備工場は中型の認定を受けている。ショールームが約三十五坪、製品倉庫が二十三坪、事務所が五坪、部品庫が三坪となっている。
 この他に国道三六二号線を挟んだ道路の反対側に二十五坪の中古展示場があり、時々、思わぬ遠方から中古の引き合いがある。
 中古機械は農業機械だけでなく建設機械も取り扱っている。

 社長を除く従業員は六人。このうち二人は鉄工部といってみかん貯蔵庫等を鉄骨で建築する仕事に従事している。 男女別では男性四人、女性二人となっている。
 職種別では農機関係については鉄工部の二人を除く四人体制をとっており、鉄工部と兼務の事務が二人、整備専従者が一人、良彦氏がセールスと整備を兼務している。
 農業機械整備技能士の有資格者は一級、二級各一人となっている。
 次に車両関係は四トンのセルフローダー車、二トンクレーン付、二トンダンプ、一トントラック、普通自動車、軽のバン車が各一台、軽トラックと軽乗用車が各二台の合計十台を所有し、この他、道路渋滞時の急ぎの修理や部品の引き取りにはオートバイも活用している。
 取扱銘柄はクボタが中心で、トラクター、耕うん機、田植機、コンバイン、バインダーがクボタ、ティラーがクボタとホンダ、防除機、噴霧機が丸山、共立、安田、中央、乾燥機が静岡製機、もみすり機がスピー、チェーンソーがスチールとなっている。

技術向上の努力
 当社の特色として農業機械と鉄骨建築が事業の両輪となっていることがあげられる。 売り上げ構成は農業機械が五五%、鉄骨建築が四二%、オートバイその他が三%となっており、このため、景気の悪い時期があっても両輪が補い合って、大きく落ち込むことがなかった。
 課題は農業機械の整備技術料が農業機械部門の一割に達していないので、一日も早く到達するよう、更なる技術力の向上に努めている。

 次に経営理念について伺ったところ、当社に関わる人々との良好な関係の構築と環境問題への取り組みをあげられた。
 顧客である農家に気持ちよく利用してもらえるようにするのは当然であるが、それだけでなく取引先の営業担当者ともお互いが気持ちよく付き合える関係を維持することを心がけており、取引企業との良好な関係が間接的ではあっても顧客へのサービスとなり、顧客からの信頼の獲得につながるものと信じている。
 環境問題については具体的には廃棄農業機械の処分の問題である。今のところはお金を払えば引き取って処分をする業者がいるので特に困ってはいないが、リサイクルに努めて廃棄物の減量化に取り組んでいる。

帰農者への支援
 最後にこれからの当社の取り組みについてお伺いした。
 当社テリトリーにおいても農業従事者の高齢化が進んでいたが、近年変化が現れてきた。
 それは周辺の大メーカーと関連企業が海外に移転することに伴って、そこで働いていた四十、五十歳代の農家の息子たちが農業に戻り始めたことである。
 この辺りのみかんや柿は人気が高く、熱意を持って取り組めば高い収入が得られるという夢が持てる状況にあるので、帰農した若手は意欲的であり農業が活性化してきた。
 これまで若い人たちが果樹栽培をしたがらなかった大きな要因は、消毒作業が非常に重労働だということが挙げられるが、現在では消毒作業のきつさを軽減するための機械がたくさん開発された。
 しかし、機械は高価であるので農家としてはなかなか購入に踏み切れないという現実がある。
 そこで、当社としては機械の有効活用による労働負荷の軽減と収入が増えるような支援と提案に力を入れたいと考えている。
 そうすることにより、地域農業が活性化し、それが農業機械販売業界にも波及し、そして当社の発展につなげていきたいと力強く締めくくられた。




全農機商報:平成13年12月号掲載