株式会社トクタケノーキ
信賞必罰と先憂後楽

飯山市飯山2931

大正11年に創業
 当社は、JR飯山線北飯山駅の南東200メートル程の所に位置する。
 飯山市は、長野県内で最も低い千曲川沖積地に広がる飯山盆地を中心に南北に長い地形をもっており、北部は新潟県に隣接している。日本でも有数の豪雪地帯であり、山間部では4メートルも積雪する。  当社の歴史をひもとくと、曾祖父の幸治郎氏の時代から鍛冶屋を営んでおり、祖父の定吉氏の時代は「信州の定吉」として50〜60人を雇っていた。

 ご尊父の電吉氏は、蚕の吊し棚の特許を取るなど発明好きであったが、大正11年に当地で農機具屋を創業した。当時は足踏み脱穀機や馬耕具などを扱っていた。
 現社長の一氏(63歳)は、亜細亜大学を卒業後、1年間、亜細亜大学で体育の助手を務めたが、ご尊父が体調を崩されたため、地元に戻り、2年間、飯山北高校で保健体育の教鞭を執った後、昭和41年から本格的に店を手伝うようになり、57年に社長に就任した。
 社長は、ヤンマー農機東京地区販売協同組合理事長、長野県商協理事、長野県ヤンマー会会長などを務め、組織についての理解が大変深い。
 長男の一孝氏(37歳)は、大学で法学を学んだ後、国際農友会を通じ、2年間、ドイツに農業の勉強に行っていたが、帰国後、食品会社を経て平成10年から店を手伝っており、後継者に恵まれた企業である。

 テリトリーとしては、飯山市、下水内郡豊田村と栄村、下高井郡木島平村と野沢温泉村となっている。テリトリー内の農業事情は、きのこ(菌茸類)、米(コシヒカリ)、アスパラガス(粗生産額日本一)などで、米は新潟と水質、気候が同じことから大変おいしい。
 顧客数は1500戸である。高齢化などで離農・廃農した農家の農地を入手し、規模拡大を図っている積極的な農家が増えており、専業割合は約3割である。
 
 


ヤンマーをメインに
 次に、当社の概要について触れてみよう。
 3階建ての現社屋は平成11年に新築したもので、敷地面積1160平方m、1階は大型整備施設350平方m、ショールーム180平方m、事務所82平方m、中古展示場120平方m、2階は製品倉庫240平方m、部品庫88平方m、会議室110平方m、社長室などとなっている。3階は社長夫妻と一孝氏夫妻の住居である。このほか北飯山駅のそばに資材置き場がある。

 社長を除く従業員は11人で、男女別では男8人、女3人、職種別では事務3人、セールス5人、整備3人となっている。
 農業機械整備技能士の資格者は1級3人、2級2人となっている。

 次に、車両関係では、軽トラック7台、4トン車一台、ワンボックスカー1台、ジープ1台、乗用車1台を有している。
 取り扱い銘柄は、トラクター、ティラー、バインダー、耕うん機、田植機、コンバインがヤンマー、防除機が丸山、乾燥機が金子及び大島、もみすり機が大竹、大島及びヤンマー、除雪機がヤンマー、藤井及び本田となっている。
   

義と情を大切にする
 次に、使用済み農業機械の処理についてお伺いすると、農家から買 い取りまたは下取りした機械で再販できないもののうち、エンジン が動く機械は埼玉の業者が引き取ってくれる。その他の機械は、長野市の直富商事(長野県商協と契約している)に引き取ってもらう。
 次に、経営理念についてお聞きすると、社長は第一に「信賞必罰」をあげられた。間違った時は徹底的に叱り、誉める時は徹底的に誉める。頑張った社員には給料、ボーナス以外に報酬を出す。毎年、海外旅行を行うことが社員の楽しみになっている。
 第二には、「先憂後楽」をあげられた。義理の父が電通の第4代社長、吉田秀雄氏と親しかったことから、社長室の壁には、吉田氏が定めた「仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない」で始まる「鬼十則」が飾られている。
 また、再建王として名を馳せた叔父、大山梅夫氏からも影響を受けた。
 社長は、現在、剣道6段の師範であるが、剣道から多くのことを学んだ。特に、「義」を大切にすることにより、その中から、「仁」、「礼」、「勇気」が出てくる。根底は「情」である。
 農家は、機械を求めながら「情」も求めてくる。夜中に機械が故障し修理をすると、農家はトクタケノーキは良くやってくれているという「情」が生まれる。

 また、お客様の冠婚葬祭、特に葬祭については絶対に義理を欠かさないように努めている。お客様に接する時に大切なことは「一期一会」であり、「誠心誠意」おもてなしをすることである。お客様から儲けてやろうという気持ちがあるとだめである。
 

農家の知恵を引き出す
 次に、今年を振り返っての感想をお伺いすると、トラクター、田植機、コンバインとも良かった。特に大型が増えた。「たくさん種を蒔いて、それをしっかり管理すれば良い」という西洋の諺を実践した。
 社会的生活パターンが変わってきており、若い人はスーパーやコンビニに行き、見て、触れて、買うようになってきた。当社では、それを見越して店構えを良くしたこともあり、店頭販売が増えてきた。

 来店したお客様は、徹底的に大切にし、気持ちのいい印象を与える。買ってくれという話は一切せず、事務員は必ず立って挨拶をする。
 展示会においては、どこから入ってもどこから帰っても良い方式をとっており、お客様が入りやすくしている。最近のお客様にはブランド志向があるため、記念品については、デパートから仕入れる。

 最後に今後の予測についてお聞きすると、業界は絶対になくならない。力がある店は残るし、ない店は脱落する傾向が顕著になる。
 従来、メーカーは、機械に合わせた農業を農家に強いてきた。農機が農業に与える影響は大きいが、そのチャンスをつぶしている。昔のように、農家の知恵を引き出す機械作りが望まれる。それが必然的に機械に対する関心と期待が高まることにつながる。
 取材が終わり、帰り際には、居合わせた社員の方が全員、玄関まで見送りにきていただき、社員教育が行き届いた企業であると気持ち良く帰路についた。






全農機商報:平成15年11月号掲載