神奈川県南足柄市579−1
TEL0465-74-3125
南足柄市は金時山を最高峰とした箱根外輪山の東側山麓に広がる水と緑が豊かな美しい町で、東京の西、約60キロに位置している。
南足柄は「古事記」等によると足柄道が都と東国を結ぶ官道であったことから、都の文化は足柄峠を越えて東国に伝えられたと記され、「万葉集」等には旅人たちが詠んだ足柄の歌が数多く納められるなど、史実と伝説に富む町である。
当社は伊豆箱根鉄道大雄山線・和田河原駅の西側、約300メートルの所に位置している。
当社の歴史をひもとくと、初代社長の祖父、徳次郎氏が戦前に現在地から300メートル程離れた所で創業したのが始まりである。
戦前、徳次郎氏は農業を営むかたわら、農家から菜種を仕入れて菜種油を絞って販売していたが、効率よく絞れる機械が無かった。
そのため、性能の良い機械を求めて全国を歩いて回ったが、その際に機械の知識と人脈を得られたことが農機販売店を始めるきっかけとなったという。
創業当時は足踏み脱穀機、牛馬に引かせる鋤や田おこし等を販売していた。
その後、御尊父の大作氏が二代目の社長に就任し、昭和27年に株式会社に組織変更をした。
現社長の肇氏は、昭和32年に大学を卒業し家業を手伝うようになったが、昭和39年に大作氏が体調を崩されたため、若くして三代目の社長に就任した。
この際に、社業の拡大に伴い創業地では手狭になったため、また、現在地周辺の道路が整備されたこともあって現在地に移転し現在に至っている。
テリトリーとしては、南足柄市、山北町、小田原市、開成町、大井町で、テリトリー内の農業事情は水田が6割、茶が2割、梨、みかん、柿等の果樹が2割であり、専業農家は約1%である。
顧客数は約1000戸で、経営耕地面積は、大は2ヘクタール、小は10アール、平均すると30アールである。
次に、当社の概要について触れてみよう。
敷地面積は300坪で、事務所と小物商品を陳列している店舗が40坪、部品庫が10坪、整備施設は100坪でランクはAである。
なお、採光に配慮された整備工場の一角は木目を生かしたロッジ風にしてあり、大型機械類を展示している。
その他、創業の地には65坪の製品倉庫があり、また、近くには180坪の機械実演及び試乗用の圃場も所有しており、拡販のために活用している。
社長を除く従業員は5人で、男女別では男性3人、女性2人(うちアルバイト1人)、職種別ではセールス兼整備が3人、事務が2人となっている。
農業機械整備技能士の資格者は1級が3人(社長を含む)となっている。
次に、車両関係では、簡易クレーン付のセフティーローダー1台、軽トラック4台、乗用車1台となっている。
事務機器については、ヤンマーの部品発注端末1台、ワープロ1台、ファックス1台、コピー1台となっている。
また、近くでガソリンスタンドも経営しており、そちらの従業員は6人(うちアルバイト3人)で、ローリー車を2台所有している。
取扱銘柄は、トラクター、耕うん機、ティラー、田植機、防除機、コンバイン、バインダー、もみすり機がヤンマー、乾燥機が金子、茶用機械等のその他機械はオータケ、カワサキとなっている。
次に、当社の最近時の決算状況(本年6月末)をみると、農機関係の売り上げは前年比105%と前年の実績を越えており、整備関係の売り上げは農機関係の売り上げのうちの1割強である。
次に、週40時間労働制についてお伺いすると、農閑期は水曜日を休日とし、農繁期は交替制勤務として達成に向けて努力しているとのこと。
次に、経営理念と経営方針についてお聞きしたところ、「アフターサービスは完全に」とのことであった。
当社では、お客様の要望に対してはいつでも「迅速に」、「高いレベル」で応えることを心掛けており、お客様から電話があったときには携帯電話等を利用してすぐに駆けつけることができるように、また、農繁期には土曜、日曜日はもちろんのこと、早朝から夜の遅い時間までお客様の要望に応えられるように体制を整えている。
次に企業経営の特色であるが、第一には、お客様ごとの愛用者カードを工夫して管理し、従業員間で情報を共有して迅速なサービスに役立てていることがあげられる。
このカードを利用すれば担当者の不在時に修理等の依頼があったような場合でも、部品の手配等、素早く対応することができるようになっている。
第二には、当社のすべての施設は、お客様をお迎えする店舗はもちろんのこと、事務所、整備工場、建物の外においては駐車場の隅々に至るまで整理整頓が行き届いており、当社を訪れるお客様だけでなく、従業員等、当社に出入りするすべての人が気持ちよく利用できる環境を整えている。
社長は、このような地道なサービスを継続してこそ、お客様の信頼を得ることができると話された。
ところで、社長は、現在、神奈川県商協の理事並びに商協内に設置されている購買協定委員会及び会館運営検討委員会の委員として、多忙の身でありながらも商協の事業推進に携わっており、組織活動に大変理解の深い方である。
また、本年3月に開催された神奈川県商協の通常総会においては、共同購買事業に対する積極的な協力により、銅賞を授与された。
さらに、従業員には、大学卒業後にヤンマー学院でさらに1年間勉強をして当社に入社された長男の篤氏(35歳)もおり、後継者に恵まれた企業でもある。
社長は、現在の厳しい社会、経済環境の中で会社を経営し、お客様の信頼に応え、従業員とその家族の生活を守るために、今でも気が休まる時はないと言われる。
昭和39年、若くして社長の重責を引き継いが、若かった故に味わった苦労は筆舌に尽くし難いものがあったと言われる。
それでもここまで会社を経営し続けることができ、今では、組合活動に協力ができるのは、すばらしいお客様と優秀な従業員に恵まれるとともに、家族の協力が得られたからだと言われる。
次に、今期を振り返っての感想をお聞きすると、当期も平年並みの実績を見込んではいるが、まだ一息つける水準ではないという。
最後に、今後の予測についてお伺いすると、「厳しい」とのお答だった。
厳しい状況が続こうとも、お客様の信頼を大切にすることを心がけて、道を切り拓いて行かなければならない。
また、農家の高齢化が進んでいるので、多機能化よりも、簡単に操作ができ、しかも安全性の高い農業機械を充実させていきたいと締めくくられた。
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