(株)スズキアムテック
高品質のサービスを提供

茨城県久慈郡大子町大子651


大正2年に創業
 当社はJR水郡線の常陸大子駅から歩いて五分程の市街地にある。
 当社は大正二年に現社長石澤正雄氏の義父の鈴木清氏が鈴木鉄工所を創立し、農機具の製造、販売、修理を手掛けたのが始まりである。
 昭和三十年に石澤氏が二代目社長に就任するとともに、有限会社鈴木鉄工所に組織変更を行った。また、同じ時期に顧客からの要望が多かったこともあり、鉄骨倉庫の建設も手がけるようになった。
 昭和四十三年、事業拡大に伴い鈴木鉄工株式会社に組織変更をし、さらに平成六年に農業、農家に貢献したいとの願いを込めて株式会社スズキアムテック(アムテックとは農業を創造するという意味の造語)に社名変更を行った。
 また、平成九年からは、茨城県商協理事長と茨城県技能士会の会長として業界の発展についても尽力されている。  テリトリーは県北部の中山間地を中心にし、また、県境の町ということから福島県の一部地域についても営業をしている。
 顧客数は約五千二百戸で、専業農家は約一割である。規模は20aから6haで、最も多い階層が 60aである。
 顧客の主な作物はコンニャクイモ、サツマイモ、ナガイモ、落花生、ゴボウ、米である。
 これらの顧客に対し、本社の他に本社から約一??程離れた大子営業所、主力拠点の那珂営業所、福島県矢祭町の東館営業所でカバーしている。
 主力の那珂営業所では社長のご長男の明徳氏(四十四歳)が営業所長として、また、他の営業所も統括する副社長として活躍しており、後継者にも恵まれた企業である。



クボタをメインに
 次に当社の概要について触れてみよう。
 本社は市街地にあるため、事務部門と小物類の展示、販売を中心としている。色とりどりの草花で飾られた本社は開放的で、大変入りやすく、街に用足しにきた顧客が気楽に立ち寄っていけるような店づくりとなっている。
社長を除く全従業員は二十人で、男女別では男性が十六人、女性が四人で、職種別ではセールスが十人、整備と事務がそれぞれ五人ずつである。セールス二人に対して、整備が一人の三人一組で一軒の顧客に対応している。社長の経験によれば、これは非常に効率がよい体制とのことである。
 農業機械整備技能士の有資格者は一級八人、二級二人となっている。セールスマンの多くが技能士の資格を有しており、軽微なトラブルは顧客の庭先で整備、修理を行っている。
 次に車両関係では、2 t 車が三台、750kg 積みのトラックが九台、軽トラックが五台の合計十七台を所有している。
 取扱銘柄はトラクター、耕うん機、ティラー、田植機、コンバイン、バインダーがクボタ、防除機が共立、乾燥機がサタケと山本、もみすり機がサタケ、その他林業用等の機械が共立、新宮、スター及びタカキタとなっている。
 事務機器についてはパソコン四台、ワープロ一台、ファックス四台、コピー機三台を所有し、パソコンは事務処理全般とクボタとの部品取引に利用している。


整備の有償化を進める
 次に当社の直近の決算(十二年六月期)によると農機関係は前年比二%、全体では三%とわずかながらも増加している。平成十年度の業績は落ち込んだものの二年連続の増収となっている。
 農機関係のうち整備部門の売り上げが約一〇%を占めている。
 次に企業経営の特色であるが、当社は約十五年前から整備、出張サービス等の有償化に取り組んでいる。
 当時はまだ農業機械の需要拡大期であり、農機販売の拡大に伴って修理等のサービス需要も拡大し、文字通り目の回るような忙しさであった。
 そのような忙しい中にあっても、ユーザーである農家はもちろん、農機販売店の側においても「有償」という考えがなかったため、ただただ忙しいばかりで、利益は上がらず、努力した従業員に報いようにも、その原資がなかった。
 農家が訴える故障や不具合の修理・調整を素早く的確に行っていたので、農家は喜んで、取れたての作物をお礼としてたくさんくれた。確かにこのことで農家の満足度の高さを知ることはできたが、当時二十数人の従業員を抱える経営者としては、健全な経営が成り立たないこと、公平に従業員の努力に報いることができないことに悩んでいた。
 これと関連して、整備従事者にかかる経費の原資は、セールスによる利益からの持ち出しであることも経営上の問題点であった。
 これらのことを解決するために、まだあまり普及していなかった「サービスの有償化」に取り組むことにした。
 取り組むにあたっては、顧客の流出等の懸念もあったが、経営の健全化のために敢えて断行した。
 有償化を始めるに当たって二つのテーマを掲げた。  第一は「農家が喜んで代金を支払うようなサービス技術を身につけること」であった。
 そのためには一層の技術の向上に努めたことと、それまではサービスマンは腕に自信があるほど、機械屋然として無愛想なところがあったが、故障原因の説明、修理内容を分かりやすく説明するよう心がけた。
 第二は「サービスを行うにはお金がかかっていること」を従業員に意識させ、そして、農家にも理解してもらえるように働きかけることであった。
 従業員は理解してくれたものの、他店が無償で行っているなか、それまで無償で行っていたものに対してサービス代金を請求することに苦労したようである。
 そのため、整備の経費を補えるだけの代金水準でなく、まずはわずかな金額だけを請求し、サービスにはお金がかかるという意識を持ってもらえるように努めた。
 このような運動を続け、ようやく五年経過した頃から整備の経費は整備部門でまかなえる水準まで整備売り上げが上がるようになった。
 このような啓発運動を推進し、一方ではセールス担当者だけでなく、整備担当者にも本人と話し合いの上で年間目標を設定し、本人に月報を作成させ、数字に対する意識付けをさせている。そして技術力を上げ、工賃率(部品代を含んだ整備売り上げのうち、工賃が占める割合)が上がるよう努力をし四五%前後の水準にまで引き上げた。
 これら従業員一丸となった努力が実り、いまでは整備部門の売り上げが一〇%を占めるようになり、経営の安定化が図られたが、次なる目標として工賃率五十%、農機全体に占める整備売上高の比率一二%を目指して努力を続けている。


農業を魅力ある産業に
 早くから整備部門の事業化に努めたため、業界最悪の年といわれた平成十年や昨年のJCOの事故による茨城県農業への大打撃があったにもかかわらず、悪かったなりにも大きなダメージを受けることはなかった。
 現在抱える経営上の課題として、一つは廃棄物処理の問題である。機械本体と廃油についてはそれぞれの産業廃棄物業者が引き取り、処理を行っているが、クローラやタイヤなどのゴム製品は引き取ってもらえないため、町の処分場に持ち込んで焼却している。この焼却料が高いため、当社の大きな負担となっている。
 もう一つは、テリトリー内にホームセンターができ、利益率の高い商品の売り上げが減少してきており、これらの対策が新たな経営課題となっている。
 また、週四十時間労働制への対応は、農閑期である十一月から三月の間は第二と第四土曜日を休日として達成している。  時間外や休日の呼び出しに対しては、原則として翌営業日に対応することとし、顧客の理解も得られるようになった。
 最後に今後の予測についてお伺いすると、農業が魅力ある産業、職業となっていないので、当地域の農家数は減少するばかりである。このまま農業の衰退をながめ、農業を魅力あるものにしようとする国の施策を待つばかりではなく、やる気のある農家を見つけだし、農業を創造する手助けをして、農業を盛り立てていきたいとの言葉で締めくくられた。
 

 

全農機商報:平成12年10月号掲載