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埼玉県行田市下須戸967
10月2日、JR熊谷駅で埼玉県商協の権田さんと合流し、車で瀬山農具製作所を訪問した。
当社は、秩父鉄道の武州荒木駅の南東1.5キロ、国道125線沿いに位置する。
埼玉県名発祥の地であり、さいたま古墳群の世界遺産を目指す行田市は、埼玉県の北部、群馬県との県境に位置する。
曾祖父である瀬山倉ノ助氏は、荒木村にあった本家の瀬山鍛冶屋に勤めていたが、日露戦争から帰った大正元年、現在地に分家独立したのが始まりで本年で創業95年を迎える。当時は、鎌、鍬、包丁等を製造する野鍛冶であった。その後、農業の近代化に伴い、製縄機や脱穀機等を製造するようになった。
昭和29年に祖父、万蔵氏が二代社長に就任し法人化した。56年にご尊父、岩男氏が三代社長に就任した。岩男氏は、昭和61年から埼玉県商協の副理事長を務めていたが、平成4年、自動車事故により52歳の若さで急逝した。
文孝氏(41歳)は、大学卒業後入社して3年目であったが、急遽四代社長に就任した。7年に社屋を新築し現在に至っている。
テリトリーとしては、行田市、羽生市、鴻巣市、熊谷市である。
米が主体であり、以前は「朝の光」や「あかね空」が多かったが、現在では「彩のかがやき」である。元々刈り取りは遅い方であるが、今年は天候不順で10月下旬までかかる。
行田市はかつて埼玉県で一番水田面積が広かったが、現在では加須市にその座を譲った。
顧客数は2000戸で、耕地面積については、大は40ヘクタール、小は50アール、平均すると1.5ヘクタールである。専業割合は1%であり、大型機械が入っている。
本敷地面積は、1700平方メートルで、大型整備施設400平方メートル、ショールーム20平方メートル、製品倉庫200平方メートル、中古展示場300平方メートル、事務所20平方メートル、部品庫40平方メートルとなっている。
社長を除く従業員は男2人、女1人の計3人で、職種別では、事務1人、セールスエンジニアリング2人である。
農業機械整備技能士の資格者は1級3人となっている。
取り扱い銘柄はヰセキが9割で、このほかトラクターが日立、防除機が共立、乾燥機が金子、籾すり機がサタケ、管理機がマメトラ等である。
次に、最近年次(19年2月期)の決算についてみると、前年比で微減であったが、粗利益は105%であった。
次に、使用済み農業機械の処理についてお伺いすると、以前は年間40万円位処理費用を支払ったこともあったが、現在は鉄の価格が高いので、処理業者に持ち込むか、処理業者が買い取りに来る。
次に、経営理念をお聞きすると、農業機械を通して世界人類に安心安全な食糧を安定して届けたい。
農産物の関税を撤廃し、自由化を提唱している。最初はショックがあるが、知恵を出し合ってそれに打ち勝てば生き残れる。農家も集落営農派とおいしい米を作る派の二極分化される。価格は高くとも安全、安心の付加価値が付いていれば、欲しい人は購入する。 現に、本年7月、新潟産コシヒカリと宮城産ひとめぼれが中国に輸出され、現地米の10倍の価格にも拘わらず富裕層が購入している。
地域に密着は当たり前の話しで、創業以来、お客様と家族の様なお付き合いをさせていただたからこそ、約1世紀に渡りやってこられた。
次に、企業経営の特色であるが、第一にはホームページによる情報発信とネット販売が挙げられる。
以前はタウンページに広告を掲載していたが、紙媒体は止め、17年にホームページを開設した。
PDS(パーツデリバリーサービス)と農機具ネット(1日に2万アクセス)を通じての問い合わせも多い。PDSは業者間取引、農機具ネットは一般ユーザー向けと使い分けている。
お客様から中古機の要望があった時に、PDSを使って探すこともある。便利に使っているが、あくまでも対面販売が基本であり軸足が移ることはない。
第二には、修理に重点を置いている。
コンバインは、2〜3年に一度整備しながら15年位使用する。最近の傾向として、トラクター、コンバイン、田植機とも7年位で大きな修理が来る。
社屋を新築する時に、整備工場をメインに建てた。当地では農業機械が大きいことから、天井クレーンを3基設置し、硬い樹脂製の床を採用した。
メーカーの技術講習会に参加し、常に技術に研きを掛けている。
近隣に多いホームセンターで販売された機械の修理も引き受ける。
次に、昨年を振り返っての感想をお伺いすると、昨年当たりからネット販売が増えてきた。売り上げは微減であったが、粗利益が増えた。
今年は、更新時期が重なったこともあり、コンバインが好調であった。3条刈から小型4条への買い替え需要である。トラクターはここ数年、横ばいである。
最後に、今後の予測についてお聞きすると、農家が銘柄や販売店にこだわらない傾向が強まっていく。最たるものがネット販売である。
りんごやみかんの自由化も、当初は懸念されたが、蓋を開けてみれば結果的には良かった。外国産の米は数量が限られているので、日本産がだめになることはない。国が規制するのではなく、自由に競争させ切磋琢磨することが大切である。
農家の高齢化が進むなど厳しい状況が続くが、ホームページによる情報発信や修理に力を入れていく。長期的には多角化も方策の一つである。常にお客様の立場に立ち、農業新時代を生きていく。
瀬山農具製作所ホームページ : http://seyama.noukigu.net/
全農機商報:平成19年10月号掲載
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