株式会社フジテック岩手

人生もビジネスも拘りを持たずに

岩手県東磐井郡藤沢町字大母216-9

昭和51年に創業

株式会社フジテック岩手

岩手県磐井郡藤沢町は、岩手県の南端に位置し、北に千厩町と川崎村、西に北上川を挟んで花泉町、東に室根村、南東に宮城県東和町と本吉町にそれぞれ隣接している。町の約六割が南部北上山系に連なる山林である。

産業は、複合経営を中心とする農業が基幹産業だが、近年は、国営の大規模な基盤整備に加え、相次ぐ企業の進出等により、農業と商工業が調和した町づくりが進められている。

藤沢町は、県内では最も温暖な地区に属していますが、寒暖の差は四十度前後もあり、年間降水量も少ないことから、内陸型の気候を示しているといえる。

歴史的には古く、縄文時代の遺跡が多く出土しており、古代から人々が暮らしてきたことが伺えます。

江戸時代の初め、この地域で盛んであった「たたら製鉄」と「キリシタンの大量殉教」が歴史的ドラマとして語り継がれてきた。

東北地方の典型的な農村として、幾多の歴史を経てきた藤沢町に、今回取材に訪れた「株式会社フジテック岩手」のお店がある。東北新幹線一ノ関駅から車で約四十分の内陸部に位置している。店舗の周りでは、たばこの栽培が盛んで、管理機等がよく出るそうだ。

株式会社フジテック岩手の創業は、昭和五十一年と農機販売店としては比較的に新しいお店だ。
と言うのも、代表取締役の千葉登美夫氏は、もともと自動車の整備の仕事に就いたが、整備の仕事より営業に励み、やがて組織の中での仕事に矛盾と限界を感じるようになり、自分の才覚を活かして自立を目指し、このお店を創業したそうだ。

千葉社長

ご本人の弁では、本当は何でも良かったそうだ。偶々、奥様の実家が農機販売店を営んでいた関係で、それじゃ地元で農機販売店をやろうということだった。
千葉社長は、「自分はこだわりを持たない人間」だと何度もおっしゃっていましたからそんなノリでご商売を始められたのも理解できた。

農業にもこだわらないし、自動車にもこだわらない。笑いながら、「俺は金にもこだわらんよ!金は貯めるんじゃなくて、使わないと値打ちはないのだ」と強調された。そう言い切れるのはすごいことだと感心した次第です。

さて、お店の紹介だが、五十一年の創業から十年を経て、有限会社にされ、平成五年には現在の「株式会社フジテック岩手」と社名を変更された。
若い社長らしく社名はこれからを見越して、少しおしゃれにされたようだ。

クボタをメインに

整備工場

お店の敷地は大変広く、敷地面積三千四百平方メートルで、うち整備施設が、二百七十九平方メートル、ショールーム百十八平方メートル、製品倉庫は、ショウルームと共通で百十八平方メートル、中古展示場百九十平方メートル、事務所五十九平方メートル、部品庫三十三平方メートルとなっている。

従業員は、男性七人、女性二人である。職種別には、事務職二人、セールス五人、整備二人である。農業機械整備技能士等有資格者は三名いて、二人が一級であと一人は二級である。農機以外の社員も多く、社員は総勢で二十五名を有している。

取扱い銘柄は、クボタの取扱いが多く、ほかに防除機では、丸山の機械を、乾燥機ではサタケ、静岡製機、草刈機ではゼノア(旧社名)のものを取り扱っている。管理機などはホンダの商品の取扱いが多く見られた。

お店は、農機以外に、自動車販売・整備、水道施設工事、土木・造園工事など各種工事の設計・施工管理を請け負っている。

また、農薬・肥料・米の販売や農産物の製造加工も手がけている。その他家電製品、ギフト商品の販売も行っている。営業品目を見ると、まさに千葉社長の経営理念が伺えるところである。
「農機に拘らない」、「農業に拘らない」その言葉通りの多角化路線である。

多様な営業品目による積極的な経営で、年商五億円を売り上げている。農機で三億円、うち整備部門が五千万円、中古農機販売で、五千万円、その他で二億円とのことである。この不況でも売上は落ちていない。

中古展示場

主たるテリトリーは、地元藤沢町を中心に、一関市、花泉町、川崎町、千厩町、平泉町から宮城県の本吉町、気仙沼市にまで及んでいる。
岩手県は広大な面積を有する県である。内陸部は、山間部の合間に農地が点在し、畜産あり、畑作ありと多様な農業が営まれている。お店の顧客も広大な地域に点在しており、さぞかしきめ細かなサービスを整えるには、苦労が多いものと思えた。

お客さんは、多様で、稲作農家からたばこ耕作者、野菜作農家など種々である。
営業品目が多様であることから、一般のお客もお店を訪れている。顧客数は、二千五百戸とのことである。平均耕地面積は、五・五アール程度との話であった。全国平均の半分程度である。

他業種にも取り組む

次に経営理念についてお聞きした。千葉社長は、多くの農機販売店の経営者は、口を開けば、厳しい、厳しいと言うが、嘆いているばかりでは、どうにもならない。
時代は変わり、人の意識も変化する。仕事はいくらでもあると自信を持っておっしゃっていました。頼もしい限りです。

この地域は、冬は仕事がなくなる。農機だけでは冬には仕事がない。そこで、建機や自動車や保険もやることにした。創業当初から国営の事業が入ってクボタのパイプやポンプがかなり出た。今でも国営事業や県の補助事業関係では、当社は系統より強いと自負している。この地域の農機需要の六〜七割は我が社が持っていると思っている。タバコが元気な頃は、補助金もあって管理機がたくさん売れた。運搬機も年間百台位売れたときもあった。

先を見通し何ができるか

お客さんの求めるものを扱うことが商売をするうえで重要。先を見て、これから何が必要とされるのか、この地域の農業で何が足りないのか、何が出来るのかを始終考えていくことが、ビジネスチャンスを捕まえる要点と考えている。

先を見通し、これからのビジネスを考える上で、役立つと思うので、毎年、海外視察に行っているそうだ。他人からは遊びに行っているように思われるが、世界を見ることで、とても良い勉強が出来る。よその国を見て、自分の国の有り様を考えることが大切と感じている。

最後に、今の農政に対する意見をお聞きしたところ、霞ヶ関の連中は、農業のこと何も知らない。知らない役人が政策や予算を作っているからおかしくなる。優良事例だけ見て政策を作るからうまく動かない。本当に困っている農家の実状が分かっていない。もっと現場を見て欲しいと力説されておられた。記者も社長のお話に共感することが多くあった。

お店は、一関市の川崎町に営業所を置いており、今後、新たな事業の展開を目指す拠点としたいとのお話であった。新たな事業構想は、企業秘密とのことで、今回はお話いただけなかったが、将来が楽しみなお店である。


全農機商報:平成21年8月号掲載