有限会社原農機店
ライスセンターを展開

愛知県新城市庭野東植田30-1


昭和39年に創業
 豊橋駅からJR飯田線に乗り30分、新城市は、日本のほぼ真ん中にあって、愛知県北東部を占める奥三河の中核都市であり、東部は静岡県と隣接する。初めて火縄銃を大量に使用した長篠・設楽原の戦いの地でもある。
 当社は、新城駅から南東へ約2キロ程の所に位置する。
 当社の歴史をひもとくと、御尊父である實氏は吉川町において農業を営んでいたが、機械が好きだったことから趣味と実益を兼ね、昭和34年頃からオートバイに乗り豊川町(現在、豊川市)にある共栄社から耕うん機や脱穀機を仕入れ販売したのが始まりである。
 現社長の育男氏は、37年、中学校を卒業されると鈴木農機において1年間、研修を受け、商売の基本を叩き込まれた。39年1月1日に東新町の借家で、ホーネンス(共栄社)の耕うん機と作業機の2台の中古機を並べ創業し、同級生と通りがかりの人が寄ってくれたと当時を懐かしく振り返られた。
 41・42年頃からヤンマーを扱い始め、46年に現在地に移転、58年9月1日に法人化し現在に至っている。實氏は平成11年に死去された。
 テリトリーとしては、新城市、南設楽郡鳳来町、作手村、北設楽郡東栄町、静岡県引佐郡三ケ日町である。テリトリー内の農業事情であるが、北部は中山間地域であり、かつては養蚕が盛んであったが、現在ではお茶(新城茶、県内一の煎茶生産量)に変わってきている。このほか米、畜産、柿、巨峰、やなまる八名丸(里芋)、いちごなどである。当地域は、担い手育成のため比較的基盤整備が進んでいる。
 顧客数は1300戸で、耕地面積については、大は10ヘクタール、小は30アール、平均すると40アールとなっている。専業農家は20〜30戸であるが、最近は定年退職後に農業を始める農家が増えてきた。


ヤンマーをメインに
 次に当社の概要に触れてみよう。
 本社の敷地は1584平方メートルで、このうち中型整備施設373平方メートル、ショールーム100平方メートル、製品倉庫248平方メートル、中古展示場118平方メートルとなっている。この他隣接地2000平方メートルを借り、駐車場、倉庫などとして使用している。
社長を除く従業員は7人で、男女別では男5人、女2人、職種別では事務2人、セールス2人、整備3人となっている。
 農業機械整備技能士の資格者は、2級3人、自動車整備士3級1人となっている。
 次に車両関係では、軽トラック4台、軽バン1台、1・5?車1台、2?ダンプ1台、セルフローダー付き3?車1台、乗用車3台を有している。
 取扱銘柄は、トラクター、バインダー、耕うん機、田植機及びコンバインはヤンマー、ティラーはヤンマーとロビン、防除機はヤンマー、カーツ及び丸山、籾すり機はヤンマー、サタケ及び大島、乾燥機はシヅオカとなっており、取扱割合では8割弱がヤンマーである。
 事務機器については、パソコン3台、部品用端末1台、ワープロ1台、ファックス1台、コピー1台となっており、パソコンは主に経理関係で使用している。


お客様を先に立てる
 次に、当社の最近時(13年8月期)の決算をみると、農業機械部門では前年比105%であった。
 次に、週40時間制への対応についてお伺いすると、店は原則年中無休であるが、年間カレンダーを作りシフト制で対応している。
 次に、使用済み農業機械の処理であるが、農家から引き取りを要請された時は、処理業者を紹介するようにしている。店で引き取る時は下取り処理を行い、ためると大変なので部品取りなどをした後、即日、処理業者に持ち込むようにしている。愛知県商協では、産業廃棄物の収集運搬業の許可申請に関する講習会を受講することにしているが、当社も11月の講習会に参加する予定である。
 次に、経営理念についてお伺いすると、第一にはあいさつの励行をあげられた。
 「あ」は明るく、「い」はいつでも、「さ」は先に、「つ」は続ける。
 第二には事は敏速で確実に。
 他より良いことは先に実行する。よそがやってからではダメであり、早めに計画することが肝要である。
 第三にはお客様を先に立てる。
 顧客第一であり、感謝の気持ちを忘れずお客様より一歩引いて対応する。
 第四には、いきる銭は思い切り良く使え。
 メーカー動員や展示会の時は、必要な金は惜しまず使う。
第五には、人と人との触れ合い、もたれ合いが大事である。
 お客様にもお金を与える。お客様からもお金をいただく。共存共栄が大切である。
 第六には、ヒントは与えるが自分で考えろ。
 第七には、自分は創業者であり、何事も自分が率先垂範し実行する。
社長には、長男、英二氏(28歳)がいる。英二氏はヤンマー学院を卒業後、店を手伝うようになり、現在は専務として社業に勤しんでいる。


魅力ある店作り
 次に、企業経営の特色であるが、第一にはライスセンター事業があげられる。
 これは昭和56年から始めたもので、当時は日本経済は高度成長期で農家は金があり、庭に金をかけたり、家を新築したりしていた。丁度コンバインが普及し始めた頃であるが、埃になることを嫌がったり、金がかかることから工場内に乾燥機2台と籾すり機1台を設置し自社で引き受けることにした。
 当初は年間1000〜1500俵を目標としていたが、平成7年には6000俵になり、安定した収入源となった。現在市内では、農家のミニライスセンターが13カ所あり、乾燥機を納入したりノウハウを提供したりしている。
ライスセンター事業は、英二専務が主体となり、時期にはバイト3人を雇い対応している。
 第二には、徹底したお客様志向があげられる。
 借金だらけで何もないところからスタートし現在まで店を続けることができたのはお客様のお陰であり、お客様に貢献したい。農繁期には枕元に電話を置き、真夜中に修理の依頼があっても迅速に対応する。
 第三には、無借金経営があげられる。
 キャッシュフロー重視であり、見込みのない仕入れはしない堅実経営を貫いている。
 次に、昨年を振り返っての乾燥をお伺いすると、1〜12月では前年比111%で、特にトラクターが良かった。今年前半は、農家の低価格化志向などの影響でトラクター、田植機とも台数は前年並みであるが価格は落ちている。このため、毎日粗利を管理するとともに、定期点検整備による収入の増加に努めている。
 最後に、今後の予測についてお聞きすると、業界を取り巻く環境は大変厳しいが、農家がなくなる訳ではない。テリトリーを拡げるか、最後の1件になるかである。資金力のない店は生き残れない。農家は農機具を買うだけではない。必要とするものは何でも提供する。あそこへ行けばこんなものがあるという魅力ある店作りを目指す。
 2年後には40周年を迎えるが、5〜6年後には店舗を改装する計画がある。
 また、5年後にはテリトリーでトップに、10年後には東三河でトップに、20年後には県内で名前が知られるようになるというビジョン、夢がある。自分は農機具屋だけれども、人生良くやったと思えるよう毎日精一杯、満足のいく仕事をしていきたいと締めくくられた。
 

 

全農機商報:平成14年7月号掲載