谷口機械株式会社
京都市の真ん中でお客にに応える
京都市上鳥羽石橋町一丁目一番地
時代変化に対応

谷口正伸社長
谷口機械株式会社の創業は昭和二十一年、現社長の谷口正伸氏の父・谷口清義氏が、京都市内で農機の販売を始めたことに始まる。昭和三十八年に法人化した。正伸社長は二代目で、清義氏の急逝を受けて、平成六年に社長になった。
取り扱い銘柄は、トラクター、田植機、コンバインなど主要機種は三菱農機、耕うん機、ティラーは三菱農機とホンダ、防除機は丸山製作所、乾燥機は山本製作所、籾すり機はサタケ、チェンソー、刈払機はやまびこを扱っている。
当初は京都駅から歩いて十分ほどの自宅兼事務所で営業していたが、八年前にサービスステーションが立ち退きを迫られたことなどから事務所を集約し、現在の京都市南区上鳥羽石橋町へ移転した。
ここには事務所のほか、店舗兼のショールーム、整備工場、製品倉庫などが設けられ、総敷地面積は九百九十平方メートルある。
谷口機械の全景
前の事務所からは車で七〜八分のところであり、京都駅からも十分程度。谷口社長は「都会の真ん中にある農機店はうちぐらいではないですか」と笑う。
聞くと、会社のあるところはもともと有名な「九条ネギ」の原産地であり、野菜の産地だったところで、今では京都の産業高度集積地区の指定を受け、任天堂や京セラ、日本電産などの企業の本社が近くにあるが、三十年前は、辺り一帯が畑で、三百軒以上の農家があったという。
谷口社長はここを移転先に選んだことについて「京都市内で営業をしたいので、旧市内は無理だったのでここにした」と語る。
その理由は、どうやら顧客層の変化にあるようだ。
京都には十一の区があるが、東山区を除いてすべての区に農家が今でもある。一方で、顧客となる農家は減少が続いている。市内全体で三千軒程度ではないかという。しかも、三千のうち農業機械を購入してくれるのは一千軒程度。同社のテリトリーも京都市内。年々減少が続いている。
「でも、動噴も農家に売れば農業機械だが、造園業者に売れば園芸機械だし、建設業者に売れば建設機械になる。農業機械にはそういう横幅がある」(谷口社長)もので、同社のユーザーも、農家はもちろん、造園業者、建設業者、そして京都ならではの寺院・仏閣と多方面に及んでいる。
谷口機械の店内
「私ども農業機械を取り扱っている店は、機械を直す技術を持っているが、その販路を知らない。それに早くから気が付いていて、そうした方面に種々雑多、あらゆる方面に販売を進めた」と。「我々の商品を買ってくれるお客さんはすべて我々のお客さんである」ということで、生き残りを図っている。
そうした多方面のお客をユーザーとして販売する機械を規定する言葉はないが、谷口社長は「商売として自己完結型を目指したい」という。その意味は、機械を販売し、メンテナンスを行い使用してもらって、それが壊れて廃棄されるまでの面倒をみるということだ。
ホームセンターやインターネットでの購入が一般的になった現在、農業機械はそうしたところから安心して買えるものではないと強調する。あるとき、機械が動かなくなったので見に来てほしいと電話があったそうだ。聞くと、インターネットで購入したもので、ネットを見たら谷口機械さんが農業機械を扱っているとあったので電話したとのこと。では、持ってきてくださいというと、車がないという。うちで売った機械ではないから修理する必要はないのだけれども、どうしてもというので、こちらから出向くとなると出張費と時間当たり工賃がかかります、といって了承してもらい、出かけた。
結局は、使わないで放っておいたために動かないのであって、ガソリンを入れてすぐに動くようになったという。
整備工場 1トンのホイストクレーンを装備
社員は社長を含め十名。うち女性は二名で、セールス四名、整備一名である。男性は社長以下全員が整備技能士の一級を取得している。
このことについて谷口社長は「農業機械整備・販売業の社会的地位をあげたいという目標があるから」と語る。「農業機械の販売・整備で一人前になるには二十年かかるのに、その割に給料が安い。どうやったら地位を高めて、高い給料をもらえるかといえば、それにはマーケットで認めてもらううことである。その一つが技能士の試験を通ることである。だから、社員は何回落ちても、通るまで支援した。社員には、試験を通って儲ける権利ができる、それまでは勉強させる。そこから先、お金にするのは君たち次第だと言っている」という。
社長自身は、大学時代から父の会社を手伝い、在学中にメーカーの研修を受けたという。三菱重工の京都製作所、名古屋工場、相模原工場などで研修を受け三菱重工の三級技能士の資格を取得し、農業機械整備の一級技能士も持っている。
整備工場は、以前は認定をとっていたが、それだからといって法的な縛りがあるわけでもなく、メリットがないということで、現在の地に集約した時点で取得はやめた。現在の店舗に併設された整備工場は、二百平方㍍あり一㌧のホイストクレーンを備え、中型機まではこなす能力を備える。
谷口社長は、「農業機械整備技能士の試験も、農業機械の修理は、整備技能士の資格のある人でなくてはできない、認定工場でないとできないというような法的な縛りが何十年たってもできない。意味がない。社内的には技能士の資格をとると給与を上げるなどの制度を作っているが、それが会社の利益につながるようにはなっていない」と語り、業界の問題として、取り組みしていく必要があることを指摘した。
最後に、農機の組合については、「時代が組合を作ったころとは大きく異なっており、組合の時代対応変化をもっと考えないといけない。農家も激減しているので、量・質とも、マーケットの変化にどう対応するか、であり、それができないでいると企業の存続も危うくなる」と危機意識を語った。